矢場とんの経営改革を推し進めたのは二代目女将(名古屋)

 みそか矢場とん。1947年に創業し、名古屋のみそかつを全国に広めた店です。名古屋市内に7店舗、東京や福岡も含めると11店舗を展開しています。
 最初は個人商店として出発し、その後、法人成りして2006年に株式会社化しました。家業から企業へと大きく成長した陰には、二代目女将となった純子さんの血のにじむような努力がありました(藤沢久美『名古屋名物みそかつ矢場とん素人女将に学ぶ 脱・家族経営の心得』幻冬舎メディアコンサルティング))。
 純子さんが矢場とんに嫁いできたのは1970年のことです。サラリーマン家庭で育った純子さんが見た矢場とんの経営には、違和感が沢山ありました。「小さなお店であっても、きちんとした企業としてやっていかなければ成功しない」と考えた純子さんは、家族の反対に遭いながらも小さな改革をこつこつと積み重ねました。
 家族経営で現金商売を行っていると、どうしてもどんぶり勘定になりがちです。それを正すために、POSシステムを導入し、家の者がレジのお金に手をつけないようにしました。仕入れ先の業者も吟味して、良い食材を適正価格で卸してくれる先に入れ替えました。勤務時間にルーズな従業員に対しては出勤時間の徹底を厳しく求めました。食器は、プラスチックの容器を使っていましたが、瀬戸の陶器に改めました。最初はみそ串かつを売り出して有名になりましたが、仕込みに手間がかかるため、みそかつをメインメニューにして鶴舞のセントラルキッチンで材料の仕入れから仕込みまで行うようにしました。
 矢場とんの歴史は、二代目女将の経営改革の歴史でもあります。2008年にはカンボジアに小学校を建設しました。次は、どんな歴史を紡ぎ出してくれるのか。楽しみです。