矢場とんに見習うべき脱・家族経営

 人口減少とともに需要が縮小する中、小企業の経営環境は厳しさを増しています。来年10月の消費税率引き上げ(8→10%)はそれに拍車をかけると見られています。顔の見える関係を武器に売上を確保し、小規模なりに事業を維持する小企業の経営手法にもさらなる改革が求められています。
 今年6月15日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2018」(骨太方針)では、「人づくり革命の実現と拡大」「生産性革命の実現と拡大」「働き方改革の推進」「新たな外国人材の受け入れ」が掲げられ、人材育成の強化、高齢者雇用の推進、IoT等新技術の活用、長時間労働の是正、外国人材の活用が中小企業にも必要であると提言されています。目まぐるしく変化する経営環境に対応するために、これらの取組みが必要ということです。小企業にとっては高いハードルだと多くの方は思われるでしょう。しかし、小企業の歴史は改革の歴史です。かつて数多くの改革に挑戦し、経営を劇的に進化させた企業が名古屋市にもあります。みそかつの矢場とんです(藤沢久美『脱・家族経営の心得』幻冬舎)。
 矢場とんの経営改革を推し進めたのは、3代目社長の奥様の鈴木純子さんです(初代は鈴木義夫氏、2代目は奥様のすみ子さん、3代目は息子の孝幸氏)。1947年創業の矢場とんは、最初は家族経営の大衆食堂でした。1970年に3代目社長に嫁いだ純子さんは、家業から企業へと進化することが生き残りの道であると痛感し、1990年から改革に取組みました。
 改革は経営全般に及びました。まず女性客を新たなターゲットにして、女性が入りやすいよう長い暖簾に変えて店内が見えにくいようにしました。とんかつ、スパゲティからおにぎりまで、何でも出すメニューをとんかつ一本に絞り込みました。女性に満足していただけるよう、食器をプラスチックから陶器に変えました。POS(販売時点情報管理)システムを導入して、家族が店のお金に手をつけないようにしました。仕入れ業者も見直し、適正価格で仕入ができるようにしました。会計士を変更し、長女に経理を見させるようにしました。材料の肉はすべて冷凍肉から生肉に変更し、セントラルキッチン機能を果たす鶴舞センターを設置しました。従業員には、接客はマニュアルなしで先輩の行動を観察し、自分で考えて応対することを指導しながら、肩書(タイトル)と役割を明確化してモチベーションを向上させました。これらの改革は、都度、多くの抵抗に遭いましたが、純子さんは信念をもってやり遂げました。
 今や矢場とんは全国に22店舗を持つまでに事業を拡大し、名古屋めしの代表として誰もが知る存在になりました。信念をもって家族経営から脱皮を果たしたことが、ここまでの成功をもたらしたのです。多くの小企業経営者に、矢場とんの脱・家族経営にかけた信念を見習ってほしいと思います。