名著『失敗の本質』が示唆する理念の重要性

 1984年に刊行されてベストセラーになった『失敗の本質−日本軍の組織論的研究』が今、再びベストセラーになっています(中公文庫)。ノモンハン事件(1939年)から沖縄戦(1945年)までの日本軍の6つの大敗を分析し、日本軍の組織的な問題点を明らかにした名著であり、その問題点が今日の日本の組織にも引き継がれているとの認識が広く世間にも理解され、ベストセラーになりました。今、読み直されているのは、リーマンショックから東日本大震災へと続いた大きな外的ショックに対して、日本的組織がうまく対応できていないという問題を露呈しているからです。
 『失敗の本質』で最も重要と思われる指摘は、日本軍の戦略の曖昧さを指摘しているところです。戦闘をうまく行うには戦術が必要になり、戦術をうまく機能させるには戦略が必要になります。ところが、日本軍の戦略は曖昧であったため、個別の戦闘では勝利を収めることが多かったのに、結果的に敗北してしまいました。勝負に勝って試合に負けたような結果になったわけです。
 なぜ戦略が曖昧だったのか。ここからは個人的見解になりますが、それは、日本軍内部の価値観がばらばらであったために、略すべき戦いと略してはいけない戦いが明確にならなかったからだと思います。そのために、すべての戦いに勝つことを考えざるを得なかったのでしょう。
 では、なぜ価値観がばらばらだったのか。それは、目標がばらばらだったからです。陸軍と海軍では目指していたものは違いましたし、陸軍内部、海軍内部でも目標は統一されていませんでした。
 では、なぜ目標がばらばらだったのか。それは、理念がなかったからです。日本軍は何のためにあるのかという根本的な考えが明確になっていなかったのです。外部の脅威に対抗するためにやむをえず組織されたという受け身的な経緯から、自立した組織としてのあり方について、誰も明確な答えを持っていませんでした。これが根本的な原因だったと思います。
 組織が戦闘において合理的な勝利を収めるには、理念→目標→価値観→戦略→戦術→戦闘という流れのストーリーを持っていなければなりません。これがないために、日本的組織は、個別の戦闘で勝利を収めることはあっても最終的な勝利に手が届かないということが頻繁に起きるのです。
 「経営理念のある企業は伸びる」とよく言われますが、抽象的な理念が、現実の持続的収益になぜ結び付くのか、その論理的な根拠はあまり語られることがありませんでした。『失敗の本質』は、理念の重要性を論理的に気づかせてくれるという意味で、優れた研究だと思います。ただし難解な著作ですので、読むのであれば『「超」入門 失敗の本質』ダイヤモンド社)をお勧めします。