引き算の発想で廃棄ゼロと時短を実現するベーカリーの人々

 「引き算で考えて、フードロスと長時間労働を解決することは誰でもできる」と教えてくれるのが、福岡市のベーカリー、トランテトロワの店主、前田真吾さんです(日本政策金融公庫総合研究所『調査月報』No.182 P30-31「パンを捨てない、捨てさせない」)。

 同店で販売するパンは国産オーガニック小麦を使った5種類。営業は木曜から日曜の12~16時。夢に見た、売れ残りを出さない経営を実現しています。

 創業は2018年ですが、当初は普通のパン屋さんと同じように、30種類の商品を扱い、週6日営業していました。しかし1日19時間も働いて作ったパンが、どうしても売れ残りが出ることを避けられませんでした。そのため虚しさを感じ、8か月で店を閉めて考えました。そして、高級な小麦と酵母で日持ちのするパンを作り、種類を減らしてサイズと単価を大きくすれば売れ残りを出さずに済むとの教えを受けて、営業スタイルを改めることを決心し、店を再開しました。

 新たに発売したパンは、国産オーガニック小麦・ライ麦とサワー種のオーガニック酵母を使って焼きます。単価は700~2,800円ですが、冷凍保存すれば2~3週間ほど日持ちしますので、まとめ買いや通販にも対応できます。SDGsにがんばるパン屋さんということで、新聞や雑誌に取り上げられて全国から注文が寄せられるようになりました。念願の売れ残りゼロを達成しました。

 高品質高単価の商品に取扱いを絞り込んだことで、働く時間も大きく短縮され、週4日(1日4時間)の営業ができるようになりました。かつての7分の1にまで時短できました。

 こうした廃棄ゼロと時短の取組みは、自称「捨てないパン屋」で知られる広島市ブーランジェリー・ドリアンの店主、田村陽至さんが有名です。前田さんは田村さんから教えを受けて同じように取り組み、結果を出しました。誰でもその気になって本気でやればできるということです。

 田村さんと前田さんの取り組みからは、引き算の経営が人々を幸せにすることが実感できます。

フードテックで食物アレルギー事故の防止に取組む女性起業家

 コロナ禍が収束に向かい、外食産業も勢いを取り戻す中で、あらためて心配の種になっているのが食物アレルギーの問題です。顧客がアレルゲンを含む食べ物を飲食して事故に見舞われることに外食産業でも頭を悩ませています。飲食物を提供する側はかなりの注意を強いられますが、完全には防ぎきれていません。

 外食産業のアレルギー対応という難問に対して、フードテックを使えば解決できると挑戦する女性起業家が(株)CAN EAT(東京都)の社長、田ケ原絵里さんです(日本政策金融公庫総合研究所『調査月報』No.182 P42-45「食事制限があっても食を楽しめるように」)。

 田ケ原さんは、家族が米アレルギーに罹患して外食を楽しみにくくなったことから、アレルギーのある人でも気兼ねなく食事を楽しめるようにしたいと思い、2019年に(株)CAN EATを立ち上げました。

 外食産業に提供する同社の主力サービスは2つあります。「アレルギー管理サービス」と「アレルギーヒアリングシステム」です。前者は、加工食品や調味料の原材料ラベルをスマホで撮影するとアレルゲンを表示し、メニューごとのアレルギー表を作成できるアプリです。後者は、消費者が自身の食事制限の情報をウェブサイトに登録して店と共有できるサービスで、2022年3月に利用者が6,000人を超えました。結婚式場や、観光地の旅館、ホテルでの利用が増えています。

 アレルギー対応で手応えをつかんだ田ケ原さんは、ベジタリアンヴィーガン、宗教上や健康上の理由など、アレルギー以外で食事制限のある人にも対象を広げ、「食のパーソナライゼーション」(顧客ごとの最適化)を実現することを目指しています。誰もが気兼ねなく外食できる社会を創りたいという想いと行動が、住みよい社会を実現する日が来ることを期待しています。

能登地震を乗り越え営業を再開した『イルカにあえるカフェ』

 2月9日、石川県の能登島にあるイルカにあえるカフェ『海とオルゴール』が営業を再開したもようがNHKニュースで報道されました。スタッフ全員が被災したため、店主の坂本さとみさんが当面、時間を短縮して一人で営業するそうです。

地震発生直後から、たくさんの方に励ましのメッセージをいただきまして、すごい元気が出ました。がんばってお店の片づけをして、営業再開にこぎつけました。ここから能登半島の元気を精いっぱい届けたいと思います。どうかみなさん、能登を嫌いにならないでください。私たち、たくさんがんばりますんで、これからも応援をお願いします」

 坂本さんが静かに語る言葉には、復興に向けた強い覚悟がこもっていました。

 一日も早く元の営業ができますよう、お祈りしています。

山田錦発祥の地で米粉のイチゴタルトを売る農家系ケーキ店

 1月27日、兵庫県多可町にケーキ店「いちご工舎」がオープンしました。店舗の隣にある自分の畑で採れたイチゴと、地元産の山田錦米粉を使ったタルトなどを販売します。多可町は酒米の王様である山田錦発祥の地で、その米粉を材料にしたタルトは「いちご工舎」の看板商品です。

 このケーキ店を経営するのは、愛知県から移住してきた山本貴大さん。イチゴ農家になることを夢見て、米を最高においしくする水が流れる多可町に魅力を感じて、移住してきました。移住前は、ケーキ店を併設したイチゴ狩り農園に6年勤務し、ケーキ作りとイチゴ栽培のノウハウを身に付け、自分で事業を始めたいと考えていました。愛知県内で開業しては勤務先と競合すると思い、奥さんの実家に近く、水がきれいで子育て支援策が充実している兵庫県多可町に移住してきました。

 移住後は地元の農家の方たちから暖かく迎えられ、無農薬で作った山田錦米粉を分けてもらえました。イチゴは自家製です。地元の特産品を合わせて看板商品となる米粉のイチゴタルトが完成しました。

 応援してくれた町の人たちに恩返しするために「多可町の手土産品はこれ」と言われる商品を作りたいと意気込む山本さん。「いちご工舎」のタルトが名産品になる日が早くやってくることを期待しています。

渋沢栄一を目指す埼玉のリケジョが高校生ビジコンで準優勝

 参加505校、応募プラン5,014件という過去最高の盛り上がりを見せた今年度の日本政策金融公庫「高校生ビジネスプラン・グランプリ」で、準優勝したのは、栄東高校(埼玉県)の中藤凛音さんでした。

 中藤さんは、ウニ殻から炭酸カルシウムを抽出して建材を作る方法を考案し、環境ビジネスとして新産業を興すというプランを披露して準グランプリを勝ち取りました。そのプレゼンは非常に滑らかで最も熱にあふれ、本物の起業家のようでした。

 彼女は小学生の頃から、たくさんの夢をかなえるために起業家になる夢を持ち、勉強してきました。中学時代にアサリの研究を始めてウニの研究に発展させ、炭酸カルシウムを抽出する方法を発見しました。これを建材に活用するビジネスを数年後に立ち上げ、そのビジネスを売却した資金で次の社会課題を解決するビジネスを起こし、渋沢栄一のように連続起業家となって活躍するビジョンを持っています。

 連続起業家として手に入れた資金で巨大彫刻を作る芸術家にもなりたいという夢を持つ中藤さん。器の大きさがリアルに感じられる、すごい女子高生です。

起業のエコシステムへと進化する高校生ビジコン

 日本政策金融公庫の高校生ビジネスプラン・グランプリは国内最大級の高校生ビジコンで、11年の歴史があります。今年度の応募は5,014件を数えました。これまで応募されたプランは32,769件に上ります。10万人近い高校生がプラン作りに挑戦してきました。

 そうした積み重ねの結果、応募内容のレベルが年々上がるとともに、実際に起業するケースが出始めています。今年度の大会でも、入賞したチームからは「公庫のビジコンで有名になり、クラウドファンディングを成功させたい」「最終審査会後の交流会で人脈を築きたい」という起業予定の高校生の声が聞かれました。

 公庫のビジコンのOB・OGには、タイミーのCEO小川嶺さん、ベトナムで食育事業に取り組むWELY松岡奈々さん、発達障害児支援アプリを開発したFocus onの森本陽加里さんなどがいます。いずれも公庫のビジコンが起業のきっかけになりました。こうした夢を持った起業家が今後も生まれてくることでしょう。

 起業のエコシステムへと進化する公庫の高校生ビジコンが、ますます多くの起業家を世に送り出していくことを期待しています。

高1女子が世界を巻き込んで切り拓く未来

 今年度の日本政策金融公庫の高校生ビジコンの優勝者は高1女子でした。そのプランは「東南アジアや中東・アフリカなどの女性が日本の企業からサポートを受け無償でITスキルと日本語を学べる寮を開設し、就業を支援するサービス」というものです。既にインドネシアのバンドンに第1号の寮を開設することが決まっています。世界の女性社会格差問題と日本のIT人材不足を同時に解決する点が評価されて、優勝しました。

 高1という若さでこれだけ壮大なプランを実現しようと動いている熱量には圧倒されます。本人がインドネシアで暮らした経験があり、その中で感じた女性たちの苦しみを何とか解決したいという想いが、多くの共感を生みました。審査員8名中5名いた女性たちもこのプランに共感し、実際に応援したいと非常に前向きでした。

 今回のビジコンからは、日本の国内問題を解決するには外国との連携も必要であり、女性がそのカギを握るという教訓が得られました。若い女性のパッションとエネルギーが明るい未来を切り拓く。すばらしいビジョンを与えてくれる大会でした。