政策起業家には誰でもなれる

 「どこにでもいる普通の人でも政策起業家になれる」とNPO法人フローレンスの代表である駒崎弘樹さんは言います(駒崎弘樹政策起業家―「普通のあなた」が社会のルールを変える方法』筑摩書房)。

 市倉加寿代さんは、どこにでも普通にいる、一人の母親でした。1歳半の双子と3歳の子を育てる友人が、保育園の送り迎えに苦労し、都営バスから双子ベビーカーの乗車を断られたという話を聴いて、市倉さんはショックを受けました。「双子ということを理由に排除されて、行政の支援からこぼれ落ちている友人の環境をどうにかしたい」と真剣に思った市倉さんは、女性区議と面会して都バスの件を訴え、区議から都議を紹介してもらい、都議にも多胎児家庭の窮状を訴えました。

 さらにネットで多胎児家庭にアンケートを取り、育児の窮状を訴える1,591件の回答をもらい、厚生労働省記者室で記者会見しました。数十社のメディアが出席し、NHKで特集が組まれ、取材がひっきりなしに来ました。市倉さんは、アンケート結果を持って、国会議員や都議会議員東京都交通局、都市整備局、福祉保健局を回りました。いろいろなところを回されながら、2020年1月、ついに都知事との面会を果たし、双子ベビーカーについて「折りたたまなくても都バスに乗れるよう、各所に調整して進めていく」との言葉をもらいました。これで交通局が前向きになり、国土交通省の実証実験に敷地や車両を提供してくれました。この実証実験の結果、国土交通省は3月に「一定条件のもとなら、双子ベビーカーを折りたたまないでバス乗車OKとする」との見解を打ち出しました。9月の定例記者会見で、都知事が「(試行的に5路線で)9月14日から双子ベビーカーを折りたたまずに都営バスに乗せられる」と発表しました。

 市倉さんは、周りからも受け入れられるようCM動画を都に制作してもらい、2021年6月には、ついに都バス全線で双子ベビーカーの乗車が解禁されました。多胎児家庭の当事者たちからは「本当に大きな一歩。涙が出た」「私も冷たくあしらわれた経験があります。本当に嬉しいです」などの声が寄せられました。

 市倉さんという一人の女性の熱意が周りを動かし、社会のルールを変えたというこの話。多くの人々に励ましを与えてくれると思います。